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木登り

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実家の母が、孫たちに木登りをさせたいと言い出して、向かった先は、船頭平閘門。ここは閘門周辺一帯が河川公園になっていて遊具こそ少ないのですが、きれいに整備してあり、落ち着いて遊ぶことができます。

閘門(こうもん)とは、水位の異なる2つの河川(海域)を行き来するために作られた複数の門で、水位を調整しながら閘門を順番に開けて進んでいく仕組みです。パナマ運河が有名ですが、木曽川と長良川の間(河口から8kmぐらいの所)にもあります。




木曽川は、愛知と三重の県境で木曽川より西は通常三重県なのですが、船頭平閘門のあるあたりは、木曽川より西にあるにも関わらず愛知県。そしてそこには福原分校という分校があります。もちろん本校は木曽川渡った愛知県側にあるので分校の生徒たちが本校に行くには川を渡らなければならないのですが、近くの立田大橋が出来たのが1985年。それまでは、福原分校に通う生徒たちは週に一度本校に通うのに渡し船を使っていました。

渡し船で学校に通う、そんな昔話のような話が80年代までしかも隣町(佐屋町に住んでいたので福原分校のある立田村は隣町(村?)。今はどちらも愛西市)で続いていたのに驚きです。。

なぜこんな前ふりがあるのかというと、小学生時代、この福原分校から転任してきた先生に教えてもらっていました。そして福原分校の話を聞き、先生に連れられて渡り船にのって分校に遊びに行ったことがあります。その時に船頭平閘門にも寄って、河川公園で木登りして遊んだ記憶があります。

30年間の時を経て再会したその木は昔の面影を残していて、その枝ぶりは、子供たちが思わず「登りたい!(登れそう!)」と思う位に何本も太く大きく伸びていて、懐かしさでいっぱいになりました。

これまで何人の子供たちがこの木に登ったのでしょう。そしてこれから何人の子供たちが登るのでしょう。親子2代で木登りを楽しませんてくれたシタジイの木にありがとう。小学時代のことを覚えていてくれて、孫達を連れて行ってくれた母に感謝。

【参考】
GoogleMapで見る船頭平閘門。
立田南部小分校が福原分校。
木曽三川公園を横切る橋(立田大橋)が出来たのが1985年。それまで、陸路は
国道1号まで下るか、かなり上流の東海大橋をまで行くしかなかった。
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by m_matsukawa | 2010-06-09 00:51 | おでかけ | Trackback | Comments(2)
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Commented by melekai at 2010-06-09 16:21
大きな木だねぇ。クスノキかな? トトロが住んでそう。
Commented by m_matsukawa at 2010-06-09 21:50
スタジイの木だって。
ここまで登らせるのは正直、ドキドキ、ハラハラ、目が離せなかったよ。
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